院長日記 - 医療過疎はどこにある - それは東京に存在した 2010.5.2 新井英和 |
2008年6月以来の2年ぶりの更新です。 この2年、鹿屋ハートセンターの運営は、多少の問題はあっても基本的に順調で、年間に約180-200件程度のPCIを安定して実施しています。外来患者も年間延べ15000-18000人が来られています。安定はもちろん肯定的な言葉です。しかし、過去に多くの挑戦的な取り組みをしてきた私にとって「安定」は刺激に欠けることを意味し、何かを発信する意欲がわかなかったのです。 こうした中で2009年10月に開院3周年を迎え、鹿屋ハートセンターの応援団の皆さんから何かイベントをしないのかと背中を押されました。このため1月遅れで2009年11月に開院3周年記念講演会を開催しました。メインの演者は大和成和病院の南淵明宏院長でした。この会の基調講演で私は鹿屋の冠動脈治療の現状をお話させていただきました。2000年に私が大隅鹿屋病院に着任する前は、鹿屋市は冠動脈形成術(PCI)が全く実施できない、全国で最も遅れた街でした。それが2007年には人口10万人当たりのPCI実施件数が752件と全国2位になっていたのです。因みに人口10万に当たりの件数が最も多いのは千葉県松戸市で882件です。鹿屋市の752件は鹿児島県鹿児島市や、福岡県福岡市、熊本県熊本市よりもはるかに多いのです。鹿屋ハートセンターのHPのトップでかつて医療過疎と言われた大隅半島という表現をしましたが、少なくとも循環器分野では全国有数の「過密?」の医療が提供できる体制にわずか7年でたどり着きました。 過疎や過密はもちろん密度を表現する言葉で、単位面積当たりの人口や、単位人口当たりの店舗数などを表す表現です。鹿屋ハートセンター3周年記念講演会後、日本のビリを免れた鹿屋に代わって日本のビリはどこなのだろうと漠然と考えていました。冠動脈治療における医療過疎はどこになるのかということです。 先日、ある雑誌の取材でライターの方とお話していたところ、答が分かりました。そのライターの方が東京都江東区にお住まいとのことで江東区の人口とPCIの実施件数を調べてみました。江東区の人口46万人に対して2007年のPCI実施件数はわずかに92件でした。人口10万人当たりおよそ20件です。人口当たりで鹿屋市の35分の1、実数でも8分の1しか実施されていないのです。人口47万人の大分市でPCIの実施件数1566件、人口46万人の兵庫県尼崎市の1110件と比べるといかに江東区の92件が少ないかがはっきりとします。ライターの方の前で調べたことなので私にとってもそのライターの方にとっても大きな驚きでした。ライターの方いわく、最近の江東区は新しいマンションが多く建ち、若い世代が多いからではないかといっておられました。しかし調べてみると江東区の65歳以上人口は8万人を超えます。高齢化が進んでいると言われる鹿屋市の65歳以上人口は2万数千人です。江東区のPCIが少ないのは高齢者が少ないことが理由ではなかったのです。ライターの方は自分の住んでいる町のPCIが少ないのが悔しかったのか、文京区によい病院があるから大丈夫なのではないかとも言っておられました。確かに文京区では人口約10万人に対して1579件のPCIが実施され、人口10万人当たりの件数は1550件で日本一の密度でした。しかし、東京23区で見ると人口880万人に対して約14000件のPCI件数で人口10万人当たりのPCI件数は約160件です。これは全国平均を下回りますし、かつて医療過疎と言われた鹿屋市の現状の5分の1程度にしか過ぎません。かつて、東京などの都市部に出て行った息子たちは、年老いた両親に医療の整っていない田舎ではなく、充実した都市部に引っ越して来いと孝行心から話をしたものです。しかし、医療の充実していると思われた東京に、冠動脈治療の最も少ない過疎が存在したのです。 人口10万に当たりの件数が極端に少ない過疎は、江東区だけではありません。世田谷区の約40件、杉並区の約50件、中野区の約30件、台東区の約25件、豊島区の約20件、北区の約20件と東京の現状は悲惨です。鹿屋では決して起こらない「たらいまわし」が起きるのも無理はありません。需要に対して供給量が極端に少ないのです。供給量が少ないのは何故でしょうか。病院数が少ないか、PCIを実施する医師が少ないのか、どちらも満たされているのに一人当たりの医師の仕事量が少ないのかのいずれかの可能性しかありません。鹿屋の「過密」を支えているのはわずか3施設の、4名のPCI術者だけです。どう考えても江東区に3つの病院もなく、4名の循環器医師もいないということはありえません。供給量が少ないのは、一人当たりの医師の仕事量が少ないのが理由だと言えると思います。 では何故、一人当たりの仕事量が少ないのでしょうか。「やる気がない」、「能力がない」、「他の雑務の追われて、PCIを実施する余裕がない」など可能性のある理由はいくつか存在します。この理由を明らかにする作業なくして東京の過疎の問題は解決しませんし、「たらいまわし」の問題も解決しません。民主党政権下で改定された2010年の診療報酬は、勤務医に手厚くすることを基本方針としました。また、医師の増員も議論されています。しかしながら問題は医師の数ではなく、医師一人当たりの仕事量です。仕事量が少ないのに勤務医の報酬を上げるというのは正しいのでしょうか、医師数は地方と比べて多いのに医師数を増やすのは正しいのでしょうか、冷静な議論が必要だと考えています。 |
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